人文情報学月報第135号【後編】

Digital Humanities Monthly No. 135-3
ISSN 2189-1621 / 2011年08月27日創刊
2022年10月31日発行 発行数967部

目次

【前編】

  • 《巻頭言》「和歌を対象とした古典文学研究と作品データの集積:古典和歌の研究者は何を求めてどのような検討を行っているのか?
    海野圭介国文学研究資料館
  • 《連載》「Digital Japanese Studies 寸見」第91回
    明治期官僚・官職データベース(國岡 DB)、Web UI 版を公開
    岡田一祐北海学園大学人文学部
  • 《連載》「欧州・中東デジタル・ヒューマニティーズ動向」第52回
    Hugging Face AutoTrain における最新鋭 AI モデルによるノーコード機械学習
    宮川創人間文化研究機構国立国語研究所研究系

【中編】

  • 《連載》「デジタル・ヒストリーの小部屋」第10回
    デジタル・ヒストリーと可視化(1)
    小風尚樹千葉大学人文社会科学系教育研究機構
  • 《特別寄稿》「TEI ガイドラインにおける性別とジェンダーの改訂
    Elisa Beshero-Bondarペンシルヴァニア州立大学
  • 《特別寄稿》「Extended Matrix と考古学・歴史研究:3D モデル構築のプロセスを記録し可視化するためのデータモデル
    小川潤ROIS-DS 人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)

【後編】

  • 人文情報学イベント関連カレンダー
  • イベントレポート「「3D Imaging and Modelling for Classics and Cultural Heritage」参加記(後編)
    小川潤ROIS-DS 人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)
  • イベントレポート「TEI2022@Newcastle (UK)
    小川潤ROIS-DS 人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)
  • 編集後記

人文情報学イベント関連カレンダー

【2022年11月】

【2022年12月】

Digital Humanities Events カレンダー共同編集人

佐藤 翔同志社大学免許資格課程センター
永崎研宣一般財団法人人文情報学研究所
亀田尭宙国立歴史民俗博物館研究部情報資料研究系
堤 智昭筑波大学人文社会系
菊池信彦国文学研究資料館

イベントレポート「「3D Imaging and Modelling for Classics and Cultural Heritage」参加記(後編)

小川潤ROIS-DS 人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)特任研究員

2日目午後は、フィールドトリップとしてロンドンの旧・聖パンクラス教会の墓地を訪問し[1]、墓石や記念碑のフォトグラメトリを行った。これは、前日の屋内撮影とは異なり、天候や周辺環境が影響を及ぼす屋外撮影を経験するためのプログラムであった。屋外での石造物のフォトグラメトリは、これまで碑文の3D モデルを作成してきた筆者にとってはむしろ慣れ親しんだ作業であり、撮影そのものはスムーズに行うことができた。ただ、そこはさすがロンドンというべきか、何気なく選んだ墓標がじつは、社会思想家メアリ・ウルストンクラフトのものであったことには、少し驚いた。墓石の他の面には、彼女の夫であるウィリアム・ゴドウィンの墓標もあり、図らずも貴重な石造物の3D モデル化を経験することができた。2日目の夜には懇親会も開催され、他愛もない会話はもちろん、イギリスや欧州におけるアカデミアの現状などについても、話を聞くことができた。とくに、チューターであった Bodard 氏と個人的に話をする機会を得たことは有り難く、3Dに限らず、彼が関わる碑文史料の構造化や Liked Open Data の活用など、デジタル・ヒューマニティーズの諸研究について広く意見を交換することができた。このような人的ネットワークの構築は、ともするとサマースクールの内容以上に貴重なものであったかもしれず、今後も交流を続けていきたいと考えている。

3日目の午前は、これまでに作成したモデルの3D プリンタ出力の実習が行われ、ソフトウェアでのモデル出力設定の手法等を学んだ。そして午後には、前日に続くフィールドトリップとしてヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)[2]ならびにロンドン自然史博物館[3]を訪問し、学芸員の方から、それぞれの博物館におけるコレクションの3D 化の試みについて説明を受けた。V&A では、3D 化のための設備や人的体制等に加えて、さまざまなステークホルダーとのコミュニケーションや、日々の博物館運営との兼ね合い(3D 化を行う展示室は一般に開放されており、撮影時間等の制約がありうる)など、個人あるいは小グループで行う作業では気がつかないような、大規模プロジェクトならではの課題や取り組みを知ることができた。また自然史博物館では、CT スキャンを用いた文化財の精密な撮影など最新技術を用いた3D 化の実践例を紹介していただき、自然科学分野との共同による人文学資料の3D 化や、それを用いた分析手法開発の大きな可能性を感じることができた。

4–5日目は、3D モデリングの実習を中心としたプログラムが組まれ、SketchUp という3D デザインソフトウェアが紹介された[4]。SketchUp は、建築やインテリア業界で広く用いられているソフトではあるものの、直感的な操作によってモデリングを行えるために習得が比較的容易であり、人文学分野の研究者でも一定のクオリティを有する3D モデルを作成できる。参加者は、チュートリアル動画等の資料やインストラクターの指導のもと、2日目に訪れた墓地で模写した石造物や、作成例として与えられた古代ポンペイの建築物、各自が持ち寄った考古遺跡・遺物のモデリングを試みた。

学術的に利用可能な3D モデルの作成に際しては、当然ながら詳細なデータに基づくモデリングが必須である。例えば建築物であれば、壁の高さや厚さのパラメータ設定、屋根の形状、場合によっては内装のテクスチャなどを判断する必要がある。そのためには、十分な量の文字資料・非文字史料(写真・スケッチなど)を渉猟し、さまざまな情報を統合しなければならない。参加者は、それぞれが持つ資料に基づいて意思決定を行い、それを3D モデルとして表現する手法をめぐって試行錯誤しつつ、モデル作成を進めた。むろん、この2日間のみで十分なクオリティをもつモデルを完成させることは困難であり、ここでの目的はあくまで、本格的な学術的3D モデリングに向けた基礎を習得することであったように思う。

さて、ワークショップの後半では、3D モデリングの実習に加えて二つの基調講演と、3D を用いた文化財研究の方法論に関するディスカッションの時間も設けられた。基調講演はいずれも考古学分野における3D 技術の活用に関するもので、一方は陶器に関する研究報告、他方は塗り壁材である漆喰に関する研究報告であった。それぞれの報告の詳しい内容は割愛するが[5]、報告後の質疑応答においてはいずれも、3D 化に用いたスキャン・撮影技術、メタデータ・パラデータの記録方法など、3D 化と可視化に関わる意思決定過程やデータ整備に関する議論が交わされたように記憶している。これらの問題は、3D を用いた文化財研究の方法論に関するディスカッションの中でも中心的な話題として取り上げられており、3D 表現に関わるデータの整備が喫緊の課題であることを改めて実感した。

前編冒頭でも述べたように、デジタル・ヒューマニティーズ分野における3D の活用は各所で進んでいるが、さまざまな時代・地域を対象とするそれらの研究に共通して言及されるのは、上述のようなデータ整備に関する問題である。まさにこの、学術的なデータに基づく意思決定の過程をいかに記録するかという点が、エンターテイメントとしての3D 産業と学術的な研究としての3D活用の間に分水嶺を画するものであり、今後、中心的に議論されることになるだろう。前編で言及した PURE3D や[6]、Vitale 氏が提唱する3D データ構造化のための SCOTCH オントロジー[7]、さらにイタリア国立学術会議文化遺産科学研究所(CNR-ISPC)のEmanuel Demetrescu氏が中心となって進める Extended Matrix など[8]、すでにこの問題に取り組んでいる研究プロジェクトは存在するものの、理論面におけるさらなる議論と、そしてなにより、多くの事例研究の蓄積が求められることは間違いない。そうした動きに、今回のワークショップを主催したロンドン大学・ICS がどのように関わっていくのか。引き続き注目すると同時に、筆者自身も、何らかの形で積極的に貢献していきたいと考えている。

[1] https://stpancrasoldchurch.posp.co.uk/.
[2] https://www.vam.ac.uk/.
[3] https://www.nhm.ac.uk/.
[4] https://www.sketchup.com/ja.
[5] 陶器に関する研究報告については、YouTube にて動画を視聴可能:https://www.youtube.com/watch?v=uE_Taq1GAPM
[6] 小川潤「イベントレポート「3D Imaging and Modelling for Classics and Cultural Heritage」参加記」『人文情報学月報』第132号【後編】註1~3参照。
[7] 同上、註8参照。
[8] http://osiris.itabc.cnr.it/extendedmatrix/.
Copyright(C) OGAWA, Jun 2022– All Rights Reserved.

イベントレポート「TEI2022@Newcastle (UK)

小川潤ROIS-DS 人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)特任研究員

2022年9月12~16日にかけて、Text Encoding Initiative(TEI)の年次総会である TEI2022がイギリス・ニューカッスル大学で開催され、筆者も現地で参加した。対面での開催は2019年のオーストリア・グラーツ以来、じつに3年ぶりということもあり、全体として喜びに満ちた雰囲気が印象的な会議であった。イングランド北東部に位置するニューカッスル(正式名称:ニューカッスル・アポン・タイン)はローマ時代の軍事拠点に起源を持ち、古代からの歴史的遺構も多く残る都市である。ニューカッスル大学は街の中心街からやや北に位置しており、街との行き来も容易な、非常に開かれたキャンパスであるとの印象を持った。この大学には、TEI コミュニティの技術評議会(Technical Council)メンバーを長年務める J. Cummings が所属しており、今回の会議でも現地組織委員として中心的な役割を果たした。

今年の会議における発表件数は、ロング・ショート合わせた口頭発表が33件、ポスターが16件(後日開催されたヴァーチャル・ポスターセッションを含めると21件)、パネルが2件、デモンストレーションが4件であった[1]。この中にはじつに多様なトピックが含まれていたが、とくに注目すべきはやはり、2022年10月公開の最新版 TEI ガイドラインで導入される<gender>エレメントについての発表【1B-2】であろう。従来の TEI においてジェンダーに関する情報を記述しようとすれば、「性別」を表す既存の<sex>エレメントを用いるほかなかったが、これでは社会的コンテキストによって多様でありうる「ジェンダー」を十分に表現することが困難である。そのような課題に対応すべく、従来の<sex>エレメントとは別個の要素として新たに導入されるのが<gender>エレメントである。また、<gender>の導入は、従来の<sex>エレメントの定義の変更、<persona>や<persPronouns>といったエレメントを用いたマークアップ手法の変化、<entity>なる新たなエレメントの導入など、TEI ガイドラインの各所に影響を与える可能性がある。

<gender>エレメント及びその関連エレメントの技術的詳細については、いずれ本誌でも記事が掲載されることと思うのでここで詳しくは触れないが、このような新たなエレメントの導入が実現したことは、TEI ガイドラインが時代の要請に応じつつ常に変化していることの証左であると思う。とくに、ジェンダーの問題はいまや人文学研究のあらゆる分野に影響を与えており、たとえば歴史学でも、ジェンダーの視点を踏まえた資料の「読み直し」と解釈の更新が進められている。また、TEI2022のオープニング基調講演はカナダにおけるジェンダー研究関連資料のマークアップを進める C. Crompton が行った。彼女の講演の中で直接的に<gender>が言及されたわけではないものの、ジェンダーの表現はテキストデータ構造化、ひいては人文学データ構造化という営みの中でますます重要な要素となるだろう。

<gender>エレメント導入のほかに個人的に興味深かったのは、Linked Data 関連の報告である。TEI と Linked Data を扱う研究は、完全オンラインで開催された2021年の TEI 会議においても見られ[2]、この分野への注目の高まりを感じていたが、この傾向はさらに強まっているように感じた。<standOff>エレメントが導入され[3]、テキスト外在的な構造・知識の表現への関心が高まっていることも、その一つの要因かもしれない。とくに今回の会議では、TEI を用いて構造化されたデータから Linked Data を生成する手法についての研究報告がいくつかなされた。

一つは、オーストリア科学アカデミーの R. W. J. Hadden とグラーツ大学の G. Vogeler による報告【4B-1】で、TEI で構造化されたデータから、プロソポグラフィ記述のための国際標準データ規格として Vogeler らが提唱する IPIF(International Prosopography Interoperability Framework)に沿った Linked Data を生成する手法を扱うものであった[4]。IPIF は、API を用いてプロソポグラフィデータを取得するシステムを提供しており、データの具体的な利用局面までを見据えた興味深い報告であった。

もう一つは、オタワ大学のチームによる報告【4B-3】で、CIDOC CRM 準拠の Linked Data を TEI データから構築する、という研究であった。CIDOC CRM の汎用性を踏まえれば、これを TEI データから生成可能にすることの意義は大きい。だが、より強調すべきは、この研究が LINCS(Linked Infrastructure for Networked Cultural Scholarship)という大規模プロジェクトと関連する研究であるという点である。LINCS は、セマンティックウェブ技術を用いてカナダの歴史・文化に関する様々な資料や事物、知識を Linked Data として接続することで、巨大な知識ベースに基づく文化の解析を目指すプロジェクトである[5]。この LINCS に関連するプロジェクトで、今回の TEI 会議においても注目された研究として LEAF-Writer の開発がある。LEAF-Writer はウェブベースの XML マークアップエディタであり[6]、今回の会議ではバックネル大学の D. Jakacki がデモンストレーション【8B-4】を行った。現状ではエンティティのマークアップが主たる機能であり、それらを Linked Data として構造化する機能は限定的であるが、LINCS の目的に鑑みれば、将来的には TEI に基づく Linked Data 構築のための基盤サービスとなる可能性もあり、今後の発展を注視したいと思う。

Linked Data 関連では上記のほかに、会計・財務資料構造化のためのデータモデルである DEPCHA についてのパネルセッション【3B】が組まれ[7]、事例研究を踏まえた実践的な研究紹介と議論が行われた。DEPCHA は、すでに多くの歴史資料構造化プロジェクトにおいて利用されており、歴史資料構造化のための共通データモデルの一つの成功例といえよう。

ここまで、<gender>の導入と Linked Data 関連の報告に焦点を絞って TEI2022の内容を紹介した。これらは会議全体のほんの一部ではあるが、<gender>のように TEI のモデルそのものを拡張する動きや、既存のモデルを活用しつつセマンティックウェブや Linked Data といった新たな表現を目指す動きが存在し、様々な角度から TEI の利用についての活発な議論が交わされていることを窺い知るには十分である。なお、本レポートで紹介したもの以外にも多くの興味深い研究報告がなされたことは言うまでもない。とくに、言語学関連の報告は質・量ともに目を見張るものものがあったが、その詳細については他の参加者によるレポートに譲ることとしたい。

最後に、手前味噌ではあるが、今回の TEI 会議では筆者自身もポスター発表を行った。内容は TEI を用いた3D アノテーションデータ構築に関するもので、3D オブジェクト上にテキストが存在する(碑文資料などの)場合、その位置情報等をどのように記述し、3D 空間で表現するべきかを考察した。TEI を用いた3D データ構造化については先行研究がほぼなく、今回の会議においても類似の研究は皆無であったが、多くの参加者がポスターを訪れ、関心を持ってくれたように思う。デジタル・ヒューマニティーズにおける3D 活用の動きが広まりつつあるなか[8]、それにどのように関与していくのか-あるいはいかないのか-という問題は、TEI コミュニティにとっても重要な課題となるのではないだろうか。

[1] プログラム:https://www.conftool.pro/tei2022/sessions.php. 以降に言及する発表については、【(プログラム記載のセッション番号)-(発表順)】で表記する。なお、発表順については、プログラムには明記されていない。
[2] 例えば、J. Bradley and D. Jakacki, “Combining the Factoid Model with TEI: examples and conceptual challenges”, poster presented at TEI2021, September 2021, http://dx.doi.org/10.17613/9kvz-3g81.
[3] TEI P5, version4.4.0, 16.10, “The standOff Container”: https://tei-c.org/release/doc/tei-p5-doc/es/html/SA.html#SASOstdf.
[4] G. Vogeler, V. Gunter and S. Matthias, “Data exchange in practice: Towards a prosopographical API (Preprint)”, presented at BD2019, Verna, September 2019, https://acdh-oeaw.gitlab.io/summerschool2020/_downloads/ad62cdc10c53dfd85ec15abd2a40e960/Vogeler_Vasold_Schloegl_2019_preprint.pdf.
[5] https://lincsproject.ca/.
[6] このようなウェブベースのマークアップエディタとしては LEAF-Writer の他に、FairCopy がデモンストレーション【8B-1】された。
[7] https://gams.uni-graz.at/context:depcha.
[8] 3D をめぐる動向については、小川潤「『3D Imaging and Modelling for Classics and Cultural Heritage』参加記」『人文情報学月報』No. 132-2、July 2022を参照。
Copyright(C) OGAWA, Jun 2022– All Rights Reserved.

◆編集後記

今回のいくつかの記事で言及されている TEI ガイドラインの定例アップデートが、今月下旬にようやく公開されました。<gender>エレメントが導入されるなど、大きな改訂が行われる一方で、エレメントや属性の日本語訳がかなり追加されました。まだまだすべきことは多く残っていますが、東アジア/日本語分科会に集う皆様による地道な活動の成果として、とてもありがたいことであると思います。なお、日本語を含む TEI のスキーマの最新版は、公式サイトからリンクされている Roma というシステムで作成・ダウンロードできますが、少し操作がややこしいので、以下のサイトに作成したものを置いてあります。

よかったらこちらから試してみてください。(永崎研宣)